MY HOME TOWN

志摩の暮らし

名前のある場所 〜奈良へ〜

名阪を走って法隆寺で降りる。
靴下のまち広陵町。
ここにも、私の「名前のある場所」がある。

「おぉ、かずよか。長いこと会わんな」

と言ったのは、4人兄弟の母の弟、大阪在住の叔父だ。
小学生のとき、携帯電話のついている
黒い高級車に乗っていた叔父のことを、
こわ〜〜〜い職業の人だと思い込んでいた。
思い込みは間違いで、
とてもまじめな職業だったと知ったのは、高校生の頃かも。
なかなかおもしろい存在で、いろいろ書きたい事だらけだけど、
問題もあるのでやめておく。

「かずよちゃんか?」
「いや、かずよちゃん」
と、子どもの頃から会わないような親戚も。

なのに、私が昔からあとばかり追っていた
大好きないとこの声がしない。
いつも静かで優しくて、
笑顔で話しかけてくれるいとこがいない。



遺影の中で笑っている。
棺の上にはYAMAHAのギターがのせられて、
弦にピックもはさんである。
故人愛唱歌だと、中島みゆきの「時代」が流れる。

「私もその曲弾くんやで!一緒やな!」
と話しかけたいけど、いとこはもういない。



昏睡状態になったとき、
夢をみたのか
「おばあちゃん!」
と呼んだらしい。

同じ時期、いとこの病気を知らないまま、
100歳を過ぎた祖母も昏睡状態になっていた。
そして、いとこの告別式の朝亡くなった。

二人は相談して逝ったのではないか、、、
と皆が言っていたけど、

祖母の遺影をみていると
「ひとりで行ったら危ないで!ちょっと待っときや!」
と後を追いかける姿が目に浮かんだ。

私がひとり、車で天理に遊びに行くと、
「危ないから乗って行く」
と、途中までついてきて、
電車で帰ったような心配性のおばあちゃん。

いとこは祖母にとっては初孫で、
いちばんかわいがっていたのだから、
一人にさせられなかったのだろう。
そんなこと思いながら微笑んだ。


悲しみ深すぎて。



私は、人の死について、
ブログには書くことはないと思っていたけど、
今まで、度々このいとこの事を紹介してきたので、
書く事にした。

ガン告知後に靴下のブランドを立ち上げた。
「素材にこだわった靴下」
「看板のない店」に、
全国からお客様が来るまでになっている。

私のブログを見て、
買いに行ってくれた友だちや、
メッセージをいただいた方、
ありがとうございました。

一緒に支えてくださったスタッフの方たちが、
これからも奈良、大阪、東京へ出店すると思うので、
もっと、もっと、多くのファンができることを願って、
変わりなく応援したいと思います。




今月に入って四名を見送ることになり、ほぼ毎日黒い服を着ていました。
悲しい春になったけど、新緑がまた元気をくれると思う。


















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  1. 2013/04/12(金) 20:38:45|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

不思議なことは本当にありますよね。科学的に証明出来ない事は確かに存在する。幸せな世界でおばあちゃんと一緒に見守ってくれているようですね。哀しいですが心温まりました。
  1. 2013/04/12(金) 21:01:36 |
  2. URL |
  3. みよっさん #-
  4. [ 編集 ]

Re: タイトルなし

本当に不思議です。
亡くなったいとこの妹が私に
「なんで?なんでおばあちゃん今日?105歳まで生きてなんで今日?」
と言ってきたときには、
「うん、うん」
とうなずく事しかできませんでした。

不思議ですが、こういうことってあるんですよね。
コメントありがとうございます!

  1. 2013/04/13(土) 21:48:38 |
  2. URL |
  3. KK4693 #-
  4. [ 編集 ]

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